居場所

久々に「アラブで暮らしたい」という人と話をした。

気持ちは分かる。だが「気持ち」だけでは現実は動かないことは知っておくべきだろう。
同じような状況で同じことを言う日本人にこれまでたくさん会ってきた。
だが誰も彼もが「自分の置かれた状況、自分自身の能力」を全く無視したまま、ワガママを言うだけの人達だった。
「何かを成しえよう」とする、そのために準備を怠らない、そういう人はむしろ住む場所になど拘らないように思う。

結局のところ「アラブに暮らしたい」と言っているような人は、その場所に住めばそれだけで満足なのだ。
ところが現実には「働いて糧を得る」必要がある。大金持ちの奇特なパトロンでもいない限り、何もせずに「日がな一日ぶらぶら」と暮らせるわけがない。そして働くという行為において、場所の違いはあまり関係ない。いや、海外で働くとかえってハンデばかりが目につく。

海外で中途採用ともなれば、当然ながら「経験値」が最重要視される。
特定の分野で少なくとも3年以上の経験と、それを証明できるものを持たなければ、門戸を叩く資格さえ認められない。「頑張ります」「なんでもやります」と言うセリフは、相手にしてみれば「何も得意なものがありません」「なにもできません」と言っているのと同じだ。

しかもアラブ、特に湾岸諸国では「外国人労働者」はすなわち「低賃金で雇える労働力」でしかない。管理職以上は自国民と法律で決められている場合が殆どであるし、実務を担当するのはアラビア語が母国語となる他アラブ国出身者だ。
英語で書類の作成もできない、アラビア語会話もできない、そんなアジア人が働けるとしたら、道路工事の肉体労働くらいだろう。それにしたってネパール人と同じ給与で働く必要がある。彼らの平均給与は月給3万円に満たない。

すると「アラビア語の勉強からやります」と言い出すが、今からアラビア語をやって、スーダン人やエジプト人並みの読み書き会話が身につくのに何年必要か分っているのだろうか。
しかもここはアラブだ。アラビア語を使える人間なら掃いて捨てるほどいる。

まぁ、こんなことも彼らにしてみれば年寄りの戯言なんだろうな。

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