逝く人を見送って

数年前に友達に誘われて、とあるマジリス(サロンのような所)に通うようになった。

そこはある部族を中心にその親族関係にあるいくつかの部族で構成され、常連でやってくる人の殆どが年配者で、かつ独身者というちょっと経路の変わったマジリス。

毎週末、有志を募ってレストランでディナーをするのが習わしだった。

ちょっとしたきっかけで、足が遠のいた。あれから2年ほど経っただろうか。マジリスの様子は人づてには聞いていた。常連の何人かが亡くなったことも。

その常連の一人、ディナーのまとめ役をしていた人の父親が先週亡くなった。

知らせが届くのが遅れ、葬儀には出席できなかった。

他のメンバーに連絡を取り、一緒に弔問に行くことにした。

久しぶりに見る彼はやつれて見えた。

少し挨拶だけして、その場をあとにした。

誰一人知り合いのいない部族の集まりに座っているのは居心地が悪過ぎる。

何より、その場にいる外国人は、客にアラビックコーヒーをサーブしている給仕役を除けば私くらいだ。同じ服装をしている分だけ紛れ込めているとしても、やはり顔立ちや立ち振舞から違和感は拭えない。

今週末はまた新たなマジリスに招かれている。そこから出会いが始まるのかどうかは分からないが、逝く人を見送れば、やってくる人もいる。この世界は、だから生きていられる。

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