生み出すということ

写真を撮る。そこに撮り手のクリエティブがないとは言わない。
被写体を見出すこと、自身が感じた空気を描き出すこと、それはある種のクリエイティブな行為だ。

それでも、ゼロから、自分の中だけから何かを絞り出すように、目の前に形あるものとする才能に憧れる。

かつて、落書きとも呼べないようなイラストを描いていた。
高校生の頃だっただろうか。大学に入り、現実世界の中で人と人との間に身を置き始めた頃から、真白なケント紙に向かうことはなくなった。

デジタルの時代が到来し、道具が変わればまた何かを描くことができるのではないかと淡い期待を抱いたりもしたが、実際には何一つそこに滲み出すことはなかった。

きっと自分は死ぬまでファインダーを覗き続けるだろう。
ただ、それだけでは吐き出したいものを全て吐き出すことができないような気がしている。

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