この世の不公平

高度経済成長時代から長い間「国民総中流」と言われ続けた日本。

80年台のバブルが弾けて以降、その日本でも経済格差が徐々に顔を出すようになった。

身も蓋もないことを言ってしまうと、「この世の中の殆どは不公平で出来ている」のだ。銀のスプーンを咥えて生まれてきた人を、そうではなかった人が羨んだところで銀のスプーンが手に入るわけではない。

時代が求める格好良さを持ち合わせて生まれてきた人を真似て整形などしてみたところで、同じような成功に満ちた人生を歩めるわけでもない。

ドーハにいると、暮らしの中のあちこちで、出稼ぎ労働者を見かける。毎朝路上でゴミ拾いをしているネパール人、旧市街地のラウンドアバウトの脇に朝から晩までじっと座って、日雇い仕事の声が掛かるのを待っているパキスタン人、20歳の頃にやってきてローカルの家に仕えて40年以上になるというインド人。人生の殆どを国の外で暮らす。それは同時に家族と一緒に過ごす時間がとてつもなく短いということ。子どもたちの成長を間近で見ることもなく、定年を迎えて国へ戻っていく。

私はいつも彼らの姿に自分を重ねてしまう。もしかしたら、彼だったかもしれない自分を想像する。現実の自分は、彼らにすべてを打ち明けられないほどに贅沢な暮らしと人生を過ごしてきた。だからといって、その全てを捨ててしまえば、彼らと公平な立場に立てるのかというと、そんなことはけしてあり得ない。

世界はどこまで行っても不公平だ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Scroll to top