お前の生に価値を問う

かつて湾岸諸国では、南アジアを中心とした地域から、ラクダレースの騎手として働くことを目的に、子供たちが連れてこられるケースがあった。

競馬の騎手が体重50kgを切るように、ラクダレースの騎手にも軽さが求められる。

それゆえに体重の軽い彼らは重宝された。

しかし人身売買に抵触するそのやり方と、レース中にラクダから落ちた場合の怪我の保証がなされなていないことなどから、欧米の人権活動団体などから厳しい批判を受け、15年ほど前からはムチとスピーカーを装備したロボットが騎手を務めるようになった。

そんな規制がまだなかった頃の話だ。

当時、毎日午後になると足を運ぶ砂漠の中の牧場に、南アジアから連れて来られた子供たちがいた。

浅黒い肌色の顔に幼い笑顔を見せる彼らは、やはりレースの騎手が主だった仕事だった。

レースのない日は、同じように砂漠に住み込んでいるインド人やスーダン人たちの仕事を手伝ったりしていた。

砂漠にはいつもローカルの友達の息子たちも顔を出した。

自分たちとさして歳は変わらない。毎日綺麗な服を着て、高そうな腕時計やサンダルを身につけ、最新の携帯電話でおしゃべり。彼らはどんな気持ちで見ていたのか。今となっては知るすべもない。

ある日、牧場に建てられた簡易なモスクの中でマグリブの礼拝を終えてのんびりしていたところへ、騎手役の子供が一人寄ってきて私のすぐ側に座った。

「クルアーン(コーラン)、読めるの?」

もちろん読めるよと言うと、彼は「読み方を教えて欲しい」と言い出した。

学校に通っているのが当然の年齢のはずだが、彼らは文字すら読めない。だから私が読んだものを耳で聞いて繰り返す。

その時、ローカルの子供たちが「文字も読めないんだから、教えても無駄だよ」とからかった。私は彼らを睨みつけ「お前らには関係ない。あっちへ行け」と怒鳴った。

たどたどしくクルアーンを読もうとする子供の姿は、もう一人の私だった。

私は神様から自身の生きる価値を問われているような気がしていた。

何不自由なく暮らしてきた私に対する苛烈なまでの問いかけ。

それから程なくして私は砂漠に別れを告げた。

あの子達は今頃何処で何をしているのだろうか。

十数年が経った今でも、あの時の問いかけに答えはまだ見つからないままだ。

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