不条理の上で

職場には各階に小さな台所があり、そこに平均2,3名の給仕が働いている。

彼らの主な仕事は職員たちに飲み物を運んだり、コピーなどの雑用をこなすこと。

イベントなどで会場へ資材を運びこむのも彼らの仕事だ。

そんな給仕の一人、インドから出稼ぎに来ているうちの部署の担当が、5月初めに2番めの娘が結婚すると言ってきたのは先月のことだった。

当然式に出席するために休暇をとるのだとばかり思っていたら、「休暇は貰えないし、切符を買うお金もない。式の費用の足しに送金だけする」と。

田舎では両親や兄弟以外にも大勢の親族が待ち受けていて、例え結婚式のような特別な機会でなかったとしても、帰国するときにはそれなりのお土産が必要になる。断交以降は航空券も価格が上がってしまった。

わずかながら祝儀代わりにお金を握らせたが、この言い難い行き場のない気持ちはどうにもできない。

叶うことなら、「娘さんの花嫁姿を見て来なさい」と送り出せるような、そういう力のある立場になりたい。

だが、彼のような人間はこの国には五万と居るだろう。彼らの全てを救えなければ、目の前の彼の幸せを願うことなど無意味な気がしてくる。

だからといって自分が自らの幸せを手放し、彼らと同じような立ち位置に暮らしたとしても、そんなことで彼らの腹を満たすことなど出来はしない。

世界とは、どこまでいっても不公平に出来ている。

祖国の外で20年近く暮らしてきた中で私が学んだことだ。

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