重なる文化

イードの休暇を利用して、毎年ラマダーン月の最終週にタイの村へ帰省する。

妻が生まれ育ったその村は、マレーシアとの国境まで40kmのところにある。村を縦断する対面通行の道路の左右にはゴムの木などの農園が広がり、その切れ間に時折民家が見え隠れする。

住人の殆どが50から60代以上の年長者か、中学高校以下の子供たち。働き盛りの世代はみんな遠い街か、隣国のマレーシアへ出稼ぎに出ている。

同じムスリムといっても、湾岸のそれとは文化も考え方も違う。来たばかりの頃は色々と戸惑うことが多かった。

そもそもが、結婚するなら日本人か湾岸人が良いと公言していた私は、アジアには全く興味がなかった。

当時、ベドウィンの文化や生活にドップリと浸かって暮らしていた自分は、カルチャーショックなどとうに通り越し、異文化というものの怖さ、あるいはその中で余所者がそれを自分のものにするまでにかかる時間や必要なエネルギー量を身をもって知っていたつもりだった。

だから、結婚相手としてまた違った文化圏の人と暮らすこと、すなわち異なる文化をさらに背負うことに、正直言って消極的だった。

あれから10数年が過ぎ、タイの中のマレー社会という、異文化どころか多重文化の中に身を置いている。

村に滞在している時の自分は「日本人」というよりは「ベドウィン」がベースになっているように思う。それは、大家族の多世代社会や同じ信仰という共通点を抱えているからかもしれないし、あるいは自分自身がベドウィンたらんと意識し続けていることの顕在化なのかもしれない。

ベドウィンに憧れながらも、それでも思うのは、特定の「何者か」になる必要などないということだ。どんなに着飾ってみても所詮借り物。まして歳を取るほどに表面的なものよりも中身が問われる。自らが身を置く社会を理解した上で、そのしきたりに従い、礼儀作法を身に付けているか。

一生学び続けることこそ、人が生きるための糧だというのなら、様々な文化を背負う今の状況も悪くはないのかもしれない。

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