回帰

タイへ帰るたびにいつも思うことがある。

それは、連れ添って10年になる妻のことだ。

彼女が生まれたこの村は、今でこそ舗装路が整備されたり、すぐ横を流れる川に橋が掛けられたりしているが、10年前に私が初めて訪れた時は、林の中へ分け入るような感覚の、まさに田舎の村といった様子だった。

妻はここから更に坂を越えた奥の村で生まれ、小学校へ上がる前に今の村へ移ってきたという。

子供の頃は毎日家の手伝いで、薪をくべて火を焚き食事の用意をしていたらしい。

大学では寮生活を送っていたが、山奥の大学から一番近い町といっても目抜き通りに商店が建ち並んでいるだけで、バンコクのような高層ビルが見えるわけでもない。

その妻が初めてドーハの街に降り立った時は、一体どんな気分だったのだろう。

毎週のように巨大なモールへ出かけたり、ホテルのレストランでビュッフェを食べたり。そんな暮らしぶりが当たり前になった今でも、村へ帰れば田舎の娘に戻る。義父が屠った鶏の毛をむしり大きな中華包丁で器用に解体する姿を、私はいつも不思議な思いで見つめてしまう。

年の1/3を暮らし慣れたタイの村、残りをドーハの街で過ごす彼女は、いったい何を感じているのか。5年ほど前に実家の向かいで売りに出ていた広大な土地を買った。その一角に自分たちの家を建てた今では、いつか村へ戻って暮らすことが彼女には当たり前の未来として映っている。そう思えば、彼女にとってのこの世界はやはり村での暮らしにあるのだろう。

日本を飛び出て20年近くが経ち、もはや祖国で暮らすという選択肢がほぼあり得ない私には、村に帰れば生き生きとしている妻が羨ましくもある。

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