辿り着く先

先般ネットで公開された記事に対する反応は、自分が想像しているよりも広がっていた。

「海外で独り頑張る日本人」

多くの人がそういうイメージを重ねてきたことも軽くショックだった。

海外で暮らす日本人を紹介するテレビ番組が日本で受ける理由が分かったような気がする。

残念ながら、私は皆さんが思うような苦労も努力もしてこなかった。カタールに渡ってきたことも、ベドウィンと知り合ったことも、狙って得たものではないのだ。いや、そもそも狙うどころか考えたことさえなかった。結果として自分が望んだことへと全ては繋がっているが、それはあくまでも結果であって、そうなるように何かをしてきたわけではない。

まして、キャリアなどと呼べるような大それた話でもなく、ただただ目の前の流れに身を任せていたら、こんなところにまで辿り着いたというのが本音。一言で言うなら「偶然」とか「幸運」だろうか。

人は誰しも、自分ならぬ誰か、あるいは今ならぬいつかの自分に思いを馳せ、そうであれば良いのにと願うもの。

しかし、自分の道は自分にしか見えないし、自分の足でしか歩いて行くことはできない。他人の道をなぞっても、同じ場所へたどり着けるわけではない。富豪の生活を一寸違わず真似たとしても富豪になれないのと同じ。

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