木曜日。

カタル人家庭でナニーの仕事をしていたタイ女子は、1件目ではわがまま放題の子供から叩かれるなどしたため、雇用主と話し合いの上で契約解除、その後見つかった2件目では2日目でカタル人側から断られたらしい。

結局、タイからの受け入れを斡旋した施設の提案で、とある私設保育園で働き始めた。2週間の試用を経て合格。施設の寮を出て一人暮らしへ。

そんな彼女の様子が気になるという妻を連れての訪問。

保育園から歩いて2,3分のシェアハウスは、2階建てのヴィラを改装して、6部屋にそれぞれ5人ずつが暮らす今どきの外国人労働者の平均的な住まいだ。3台の二段ベッドで中はぎゅうぎゅう。台所もトイレも共用。かろうじてプライベートスペースと呼べるのはベッドの中だけ。給与はカタル人家庭で働くよりも安いが、それでも勤務時間が固定で、仕事が終われば自由時間があり、週末は好きなところへ出掛けられる生活に、タイ女子は満足しているようだった。

一方、初めて中を見た妻はショックを受けていた。

「私だったら、あんなところで生活なんて無理…」

大きな間取りの3LDKの社宅に暮らす自分が、いかに恵まれた環境にいるかということに、ようやく気が付いたらしい。

金曜日は妻が在外投票に行くというので、タイ大使館まで出かけた。

大使館で彼女の友達夫婦と遭遇。嫌な予感的中で彼らの新居探しに付き合わされるはめに。

絶賛求職中のシリア人旦那は、そんなことでいちいちエネルギーを消耗したくないというのが顔に滲み出ている。ところが奥さんはそんなことはお構いなし。とにかく気に入ったところへ引っ越したい。しかし、予算がかなり少ないから、思っているような物件は先ず見つからない。どこかで何かを妥協しなくてはいけないのだが、そこを割り切れないのが、稼ぎを最優先に考える他の外国人労働者たちと違うところか。

旦那の仕事探しは難航中。色々と手助けをしてくれる人はいるが、誰一人として確実な結果をもたらしてくれないと嘆く。やるだけやってみよう、うまくいくかどうかは分からないけど。頼まれれば無碍には断らない。ただし自分が労してまで手助けするには、相手とはそれなりの時間と関係性が前提。それがこの国のやり方だ。打てば響くような流れを期待するには、彼にはコネがない。

土曜日の午後には隣町のスークにいた。

少し突き出た広場のベンチに座って、海を眺めながら近くのカフェで買ってきたカフェラテを飲む。

冬の終わりの始まりに吹く風は優しく、海はどこまでも穏やかだ。

前日の朝に伝わってきたあまりにも悲惨なニュースをスマホの画面に追いながら、それでも当たり前のように暮らす自分たちのことを思っていた。何かに生かされているような感覚は、しかし一体何のためであるのかを見いだせないまま、ただただ日々に漂っている自分自身に重くのしかかる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です