カタールのスポーツクラブアルドゥヘイルに移籍した中島翔哉選手が、先月のキリンチャレンジカップ2019で、ボリビア戦の決勝点となるゴールを決めるなど目覚ましい活躍を見せてくれた。移籍前後には日本の代表サポーターの間から「何故カタール?」「年金リーグでオワコン」などと揶揄する声が多かった。無論それは中島選手の技術の高さを評価した上での「もっとレベルの高いステージで活躍して欲しい」という気持ちから来たものだろう。
しかし、僅かな情報だけでカタールのサッカーレベルを決めつけたかのような反応には正直ガッカリした。それに似た慢心のようなものが、直前のアジアカップ決勝戦でカタールと日本の対戦結果にも表れている、というのは言いすぎか。いくつかのインタビューを見て感じるのは、中島選手は自身にとっての「サッカー」というものの位置づけをした上で、より集中することのできる環境を選んだ結果がカタール、そしてアルドゥヘイルだったということ。
確かにこの国ではサッカーはダントツ人気のスポーツだが、国内リーグに限って言えば盛り上がりに欠けるのは事実。スタジアムがガラガラという光景も珍しくはない。一方で、選手のレベルは非常に高く、それはアジアカップ優勝という形で既に証明済みだ。
欧州リーグは華やかだし、大勢のサポーターの前でプレーすることの気持ちよさはある。だが、常にスタメン争いに疲弊するくらいなら、出場機会に恵まれるであろうカタールで技術と経験を積んだほうが良いかもしれない。お決まりのスター街道を目指すのも悪くはないが、それだけが選択肢ではないはずだ。

中島選手は「華やかなステージを目指す」ことを目的とせず、「自分がやりたいことを気持ちよく続けていくためにはどうすれば良いのか?」を突き詰めた。
要は「手段が目的」になってはいけないということ。
特定の国や地域に憧れて海を渡った人たちの多くが、現地に住むことを目的にしてしまっている。居住許可を得るために職を求めると、本来の自分の能力が生かせなかったり、本意ではない生活パターンにハマってしまうことになる。それは時間が経つに連れて気持ちを圧迫していく。思い描いた暮らしとは程遠い状況に疲弊して、気がつけば祖国へ舞い戻るはめになる

憧れというものは常に一方通行。どんなにその土地への想いを語ってみたところで、その土地あるいは国にとって役に立つ人材でなければ受け入れてはもらえない。その国の人ならぬ身が異国に暮らすというのはそういうことだ。

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