カタールの公式な祝日は、スポーツデー(2月第2火曜日)とナショナルデー(12月18日)、それと年に2度のイード(それぞれ3日間)となっている。イードとは、ラマダーン明けシャウワール月初日、およびハッジ月9日がそれに当たる。
 また、これらイードでは官庁のみ前後に数日加えた約10日間が休日となる。

 我が家はこのイード休暇を利用して、ラマダーン月の最終週から妻の実家へ帰省するのが毎年のパターンだ。休暇直前の勤務最終日は、同じように休暇で国へ帰ろうとする外国人労働者たちで空港はごった返す。これを避けるため、任意休暇で出発を1日前倒しするのだが、それでも似たことを考える人は多いらしく、今年もまたチェックインから出国審査まで相当時間を食ってしまった。

 バンコクには朝7時着。乗り継ぐ国内線は15時。たっぷり7時間以上の乗り換え待ち。その間に両替などを済ませていく。アジアで名だたるハブ空港は、大勢の乗客たちの行き交う姿で雑然としてる。その中の一人、二人として、我々も混じり合いながらチェックインカウンターが開くのを待つ。

 村から一番近い空港まで国内線で1時間半。1日に2便しか飛んでこない、タラップを降りたら徒歩1分でターミナルというタイ最南端の小さなナラティワート空港で、出迎えに来た義母と義妹夫婦に挨拶をして車に乗り込む。

 日暮れの頃に、もう何度通ったか分からない道を家へと急ぐ。

 タイ深南部、パタニ県の更に南の端。マレーシア国境まで40kmの村に、日本人はおろかマレー人以外の姿を見かけることはない。村の中は年齢層が高く、隣人はほぼ老人で、その殆どは親類同士。あちこち歯の抜けたじーさんが口にする、マレー語の更にジャーウィーという派生言語の更に村独特の訛りの加わった話し言葉は、いつまで経っても聞き取れない。

 ラマダーンの最後の数日を無事に過ごし、水曜日の朝に夜中から降り続く雨の中を家族でモスクへ向かった。村の中心に建つ小さなモスクは、数年前に村人たちに請われて、個人的なお願いとして大臣に依頼した援助によって拡張が行われ、それまでの3倍の広さに。断食明けの集団礼拝でも、男女全員が屋根の下に入ることができるようになった。そんな話は狭い村の中ではあっという間に広まる。以来、礼拝に行くたびに見覚えのない老人たちから、何か有り難いものでも見るかのような目で挨拶を求められるようになった。

 10日の休暇はあっという間に終わり、今度は一人でドーハへ戻る日が来た。
 結婚以来、もう何度も繰り返してきたことではあるけれど、年々寂しさの方が大きくなっていく気がする。

 次に来るのは秋の頃。
 それまでは暑いドーハで夏をゆるりと過ごすことにしよう。

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