これまでのこと、これからのこと(4)

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ベドウィンたちと毎日沙漠で過ごす日々にもすっかり慣れた頃、私は学生寮で知り合ったアフリカ系留学生の紹介で、あるローカルと会いました。
彼はこの留学生のビザの個人スポンサーをしているらしく、ほぼ全員の留学生が大学のスポンサードによる就学ビザで滞在している状況の中、それはとても珍しいことでした。
そのローカルの部族は特にお金持ちだとか地位の高い人が多いというわけでもなかったようですが、当時の大統領の奥さんを輩出した別の部族との繋がりがとても強いとかで、結構はぶりの良い感じがしました。

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後になって考えれば、よくいる偉い人の取り巻き連中の一人だったのかもしれません。
それでも、関係者との付き合いはあるようで、私もよく王族に近しい人たちの家などに連れて行かれました。
ただ、友人たちといる時のような、どこか安心できるような感覚はなく、いつも何かに緊張していて、会う人間に対してもあまり良い印象を受けることはなかったのを覚えています。

とはいえ、王族に近しい人たちとの出会いに、その頃の私は正直言って多少は心が躍りました。
ケータイで呼ばれるままに、留学生の彼と一緒にローカルの家まで夕食を食べに行ったりするようになると、それまでの沙漠で過ごす時間が少しずつ減ってくるように。
友人の家にも足を運ぶ機会が少なくなっていました。

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そんなことが1ヶ月も続いた頃。
ある日、友人が掛けてきた電話を私はシカトしました。ちょうどそのローカルの家にいた私は、友人たち部族の人間にあまり好意を持っていないようなのを知って、彼のいる場で友人と話すのを遠慮してしまったのです。
私はケータイのショートメッセージを使って、あとで掛け直すからと友人に伝えました。
すぐさま「どこで何をしている?」と尋ねる返事が。私が正直にローカルといることを告げると、彼から「そいつの前でオレと話すのは嫌なのか?オレはお前が人前で恥るような人間じゃない。二度と連絡してくるな」とメッセージが届きました。

彼の誇りを傷つけてしまった私。彼が年上であることさえ忘れ、自分が楽しむことを優先させてしまったのです。
かつてある部族の人間から言われたことを思い出しました。
「お前はあちこちに顔を出しているようだが、俺たちと付き合ってるのも結局コネが欲しいからだけじゃないのか」
ローカルと知り合うだけで楽しかった当時の私にとって、この言葉は痛烈に突き刺さりました。

私はあわてて電話をかけましたが、すぐに切られてしまいます。何度か掛け直すうちに、彼は電源をオフに。
まるで底なしの穴へ突き落とされたかのような気持ちが襲って来ます。
彼に嫌われることよりも、彼にそんな思いをさせてしまった自分が許せませんでした。

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必死で考えに考え、いつも沙漠で顔を合わせる親戚のおじさんに電話。

「お、どうした。今日は遅刻か」
「…ごめんなさい。とんでもない間違いを犯してしまったんです……」

事情を説明する私の声は小刻みに震えていました。心臓が今までにないくらいに激しく脈打っているのが分かります。
一通り聞き終えた親父は、ともかく沙漠へ来いと。そう、親父のすぐ近くに彼がいるのが分かりました。
会えると分かると今度は逆に恐くなってきます。誇りを傷つけられたベドウィンの怒りの大きさを多少なりとも理解していたからでしょう。
「でも、彼はもう私のことは嫌いだろうから…」
「あいつがどう思っていようが、わしはお前のことが好きだし、顔が見たいと思っとる。とにかく来い。いいな、今すぐ来るんだぞ」

じっとしていても、やはり何も変わりません。このまま彼と会えなくなるにしろ、この国を出なくてはならなくなるにしろ、彼にこの懺悔の気持ちを伝えられないまま消えてしまうのは嫌だと思いました。
私は意を決して学生寮を飛び出し、タクシーを拾って沙漠の入り口へ。

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牧場には予想通り彼がいて、子供たちと鷹狩りの訓練をしているようでした。
親父は私に傍へ来るように手招き。しばらく何も言わない親父の隣で私はじっと何かを待っていました。数分経って、訓練を終えた彼を親父が呼び寄せ、私に少し離れた場所を指差し、あそこで話してこいと。

怖くて彼の目を見ることも出来ません。
「ごめんなさい…」
それが精一杯でした。
少し間を置いて彼が口を開き、
「オレは、お前が誰と会おうと関係ない。だがな、誰と一緒にいようが、オレが話してる時はオレの方をちゃんと向け。電話をシカトしたりするな。オレと関係あることを知られたらマズいことでもあるのか?」
「いや…そんなことない。絶対ない」
「じゃ、今度からちゃんと電話に出ろよ」
「うん……」

そのまま彼は車に乗って町へと戻って行きました。

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部族の中に入ったことで私はどこか浮かれていたのでしょうか。
あるいは、誰かが言ったように、自分でも気が付かないうちに、本心ではコネを求めていたのかもしれません。
これ以降、件のローカルとは距離を置き、二度と会うこともなくなりました。
私は、私を受け入れてくれた友人と部族と共に死ぬまで一緒にいるのだと心に誓ったのです。

それでも、私が彼らの部族の名を(それに属する者として)名乗ることができるようになったのは、それからさらに数年後のことでした。

福嶋タケシ