日常への帰還

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リモートワークに突入して、あっという間に3ヶ月が過ぎました。

いえ、実際には自宅待機。この3ヶ月の間に職場へ足を運んだ日数は1週間もありません。

そんな中で来月からは職場での勤務が再開されます。

正直、この3ヶ月は、まるで夢を見ているかのようでした。そして今でも気持ちはふわふわと夢心地かもしれません。

同時に焦りもありました。勤務しているという前提なので、自宅にいてもその時間帯は必ず職場からの連絡に応答できるような体制が必須でしたが、最初の数日は緊張感を持っていたものの、やがて曜日感覚が薄れていくにつれ、次第に勤務中であるという意識さえ無くなっていきました。

ふと気がついた時、こんな状態で給料を貰えることに違和感を覚え、それが不安へと変わり始めます。

そのうちに同僚などから職場の職員整理の話、各省庁あるいは企業などの大量解雇といったニュースや噂が耳に入るようになります。

自分も、まさかそのうちの一人では……?

焦りのような思いを抱えて、用もないのに職場に顔を出し、上司から何をしに来たのかと訝しがられ、月初めの給与明細を知らせるショートメッセージが予定通りに届かないと、何も手につかなくなったりもしました。

そんな折、ラマダーン開始の4月下旬に、毎週金曜日の礼拝の撮影の仕事が始まります。国が管理するグランドモスクへの立ち入りは、40名限定かつ全員PCR検査必須という厳しいものでした。PCR検査は聞いていた以上に痛く、毎回「2度とやりたくない」と思うほどでしたが、それでも仕事が出来ることの嬉しさが勝りました。

人間というのは働くことで精神の安定を得る生き物なのでしょうか。少なくとも自分自身はそうであることに自覚的なのかもしれません。

今月15日からはモールの一部が営業を再開します。この約3ヶ月の間で買いたいと思ったものはたくさんありましたが、一方でそれらは買わなくても別に困るものでもなかったのだと知りました。結局はないものねだりで、買いたい時に買えないことがストレスになっていただけ。

人々が集まり何をするとでもなく行き交う場所が、再び戻ってくること。日常という世界への帰還。あるいは、別の日常への着地。いずれにせよ、少しずつウィルスありきの世界が幕を開けようとしています。