キューバの声

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仕事中にWhatsappにメッセージ。

送り主はかつてお世話になったキューバ人看護士。そう、かつて私が世話になり、そして今はカタールを支援するために、感染対策チームの一員として奮闘する彼でした。

4月上旬に到着してから既に2ヶ月。その間に連絡も寄越せないほど多忙な日々を送っていたであろうことは想像に難くありません。

この騒動が収束したら会おうよと言う彼。その収束がいったいいつになるのか。今年中?あるいは来年?もしかしたら数年かかるかもしれません。それでも彼らには契約期間があるのでしょう。それが終わればキューバへ帰らなくてはなりません。

「でもね、次の契約があるから、すぐ戻ってくるよ」

2年前にいったんはキューバへ帰ったものの、カタールでの生活が恋しくなっていた彼は、再びキューバ病院のスタッフとして戻ってくる道を選んだようです。もちろん、それは生活を優先した上でのことでもあるはず。でなければ、どんなに良い環境があるとしても、住み慣れた祖国を遠くに暮らす選択など容易にはできません。若い間は多少のことでもパワーと無謀さで乗り切ることができますが、歳を取る毎に様々な難題に直面し、その度にいつかやってくる「期限」があることを痛感するようになります。

ここ数日、色んなことがあって、少し落ち込んでいました。

そんな中、昨日はアルアインにいる親友からメッセージ。いつもなら捲し立てるように用件を告げる素っ気なさなのに、何故か私のことばかり尋ねてきます。少しネガティブ思考になっている私に、彼は「どんな時でも吉報はある。大事なことを早急に決めたりするな」と。

18年前にも同じような気持ちを味わったような。苦しい時にこそ声をかけ励ましてくれる、それこそが親友と呼べる存在。そして、親友と呼ぶ人はこの世に一人いれば良いのだと、改めてそんなことを思った日。

そして今日はキューバの声が。

今は世界中どこでも誰もが苦しい時代を生きています。私だけが困難と相対しているわけではありません。そんなことを思い出させてくれました。

福嶋タケシ