終の住処を探して

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今回の一連の騒動からの経済的損失を受け、政府は今年度予算を30%削減することを決定。その削減方法について、減給のほかに高齢職員の解雇なども含まれていました。

この解雇者リストに、私が所属する部署のスーダン人の名前が。

彼は20年以上カタールに暮らす数多いる在住外国人の一人。3年ほど前に60歳になり、政府職員としては定年を迎えたわけですが、上層部への陳情が認められて契約延長となりました。

しかし、その延長も期限が来ます。そして運悪く今回の経済的悪化。人員削減の矛先は定年延長者が真っ先にターゲットになります。彼は数ヶ月前に長年連れ添った最初の奥さんを交通事故で亡くしたばかり。まだ成人に達ない娘さんもいるし、大病を患って以降いまだ仕事が見つからない息子さんも。

それより何よりも、長年暮らしてきたカタールでの生活が突然途切れてしまうことへの、言いようのない拒絶感が、数日前に別れの挨拶に職場へ来た彼の顔に滲んでいました。

先日、こんなツイートをしました。

彼が今味わっている気持ちを、あと10年もすれば私も味わうことになるのかもしれません。一つだけ彼と私が違うのは、彼にはまだ祖国での暮らしという可能性が残されていて、私はもはやそんなものはないということ。

年に一度は顔見せに足を運んでいるとはいえ、祖国との繋がりは日を追うごとに薄れていく気がします。どこにも拠り所のない感覚。それは10年単位で国の外に暮らす人なら誰でも一度は味わうものでしょう。若いうちは気力や体力がそれを覆い隠すけれど。

もちろん、ガムシャラに生きてきたからこそ今があるというのも実際で。そのことを否定するつもりはさらさらありませんが、勢いだけで幸せを噛みしめられる時間は、思っているよりもずっと短いのだということを、若い人たちには心の隅にでも置いてもらえたらと思うのです。

福嶋タケシ