ヨルダンの思い出

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先週末、スマホに見知らぬ番号から着信が。

国番号はUAE。しかし、友人やその家族のものではありません。心当たりは彼らくらい。きっと間違い電話だろうと思ってかけ直すことはしませんでした。

数日後、再び着信。仕事中だったために今度も無視したら、数分後にWhatsappにメッセージが。

「やぁ、タケシ、覚えてる?UAE大学で一緒だったヨルダンのヤーセルだよ」

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1999年7月、留学して最初の夏休みに一時帰国ではなく夏季講習を選んだ私は、普段住んでいる寮がメンテナンスに入るため、隣の寮へと一時的に引っ越しました。そこで出会ったのがヨルダン人留学生たち。同じヴィラに固まるようにして暮らしていた彼らにとって、初めて見るアジア人は当然ながら早速興味の対象となり、初日から私の部屋にやってきて、あっという間に仲良くなってしまいました。

灼熱のような暑いUAEの夏。貧弱な公共交通機関と、市内中心部からかなり離れた場所にある学生寮という不便さに我慢できず、夏季講習の期間だけ私は安いレンタカーを借りていました。

その車でヨルダン人留学生たちと毎夜のように市内に出ては、カフェでおしゃべりしたり、当時はまだ何もなかったハフィート山の頂上まで登って、そこでBBQをしたり、週末にはドバイまで日帰り旅行に出かけたり。

自分と一回りくらい歳の違う彼らと、私はいわば青春を謳歌する若者の気分というものを味わっていたのです。

夏季講習が終わっても夏休みはまだ続きます。暇を持て余していた私は彼らに誘われるままヨルダン旅行へ。北から南まで、彼らの実家を泊まり歩いての文字通りの縦断旅行でした。

振り返ってみると本当に贅沢な旅でしたね。周辺諸国も平和だった頃です。

夏休みが明けると私は再び元いた寮へと戻り、彼らもまた自分たちの学業で忙しくなり、お互いに連絡を取る時間は少なくなります。

やがて、私は就職のためにカタールへ。

一番仲の良かったゼイドとはその後も何度かやりとりはありましたが、卒業後にUAEで職を得ていた彼も、いつの間にかヨルダンへ引き揚げてしまいます。

あれから21年という時間が流れ、こうしてまた彼らのことを思い出す機会を得た今、あの時に思い切って留学して良かったなと改めて思ったのでした。

福嶋タケシ