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食料の買い出しは以前から”週に一度”の頻度で行くようにしています。あまり回数を増やすと余計なものを買ってしまいがちなので。

先週の土曜日も朝からインド資本のハイパーマーケットへ向かっているところでした。アパートから程近い交差点。信号待ちをしていると、シャルカミと呼ばれる南西アジアでよく見かける衣装を身に付けた男性の姿が数人。おそらくパキスタン人かブルチスタン人。

手にはプラスチック袋。中身はごく普通のミネラルウォーター。

交差点で車が停止すると、ミネラルウォーターを売りに来ます。本当にどこにでもあるもの。売店で買えば1.5リヤル、ハイパーマーケットでまとめ買いすれば1リヤルもしないでしょう。

隣に座っていた妻が財布から数リヤル取り出し、近づいてきた男性に手渡して、商品として差し出されたミネラルウォーターは丁寧に断ります。男性は何も言わず、右手を左胸に当てる謝意のポーズをさっとしてから、次の車へと移動していきました。

彼は水を買って欲しかったわけではありません。本気で売ろうと思っているのなら、交差点のどこかに大量の水の箱が山積みにでもなっていないとおかしい。でも彼の手には数本のボトルだけ。水を売るのは、”物乞い”をカモフラージュするための方便なのです。この国では公共の場で金を無心する行為は犯罪にあたるから。

活動制限が未だ続くカタールから祖国へ戻る外国人労働者を乗せた臨時便が毎日のように飛んでいます。しかし、片道運賃としては平常時と比べるまでもなく高額なチケット代を、用意することの出来ない人たちも大勢いるわけです。

彼らはなんとかして日々の食い扶持を得るために、僅かでもチャンスがあれば法を犯さない範囲で何でもやる。いえ、中には法を犯してしまう人たちもいるでしょう。個人的にはそういった流れが治安に影響を与えかねないことに不安は大いにあります。

苦肉の策でもまっとうに金を得ようとする彼らは、その点で言うならまだましです。

ふと交差点の向こうに目をやると、同じように水を売る男の姿が。残念ながら呼び寄せるには時間が足りず。誰かが手を差し伸べてくれることを願うしかありません。

私は一人、彼のような人は大勢。どうあがいても全ての人に何かを与えることは出来ない。ならば、目の前の誰かに今の自分が少しでもできることをするしかないのです。