ただのファッションと思うなかれ

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先月そこそこ読まれたこの記事。

アラブ世界に触れると、誰もが民族衣装に憧れるのは不可避なようで、ネットには白装束なプロフ写真が溢れています。

似合う似合わないは当人が満足していれば、あれこれ言うことではないのかもしれませんが、まぁコスプレの域を出てないですよね。本人にその自覚があれば、とりあえず問題はないですけれど。

この20年弱、出省するときだけでなく、モールをぶらつくときや公園などの公共の場でも、民族衣装で出かけてきましたが、同じようにカタール人の格好をした外国人、具体的にはアジア系に出会ったことは一度もありません。

カタールには大勢のアジア系外国人動労者が暮らしています。中には勤め先の方針やら、周囲にいるアラブ系のすすめなどでイスラームに改宗する人も。そして改宗すると民族衣装を着てみたくなる人が毎回一人か二人いたりしますが、それでも勉強会のようなイベントの場、つまりは閉じられた空間でのみ着用するだけで、普段の生活においては彼らの間で”常識”とされる服装をしています。

”都合の良い時”という言い方にトゲがあるのなら、”自分が着たいときだけ着る”のならば、それはコスプレです。

では何故彼らはコスプレ止まりなのか。答えは簡単です。共同体、あるいは地域社会からの容認を経ていないから。誰かから「これを着用しなさい」と勧められたわけでも、必要に迫られたわけでもなく、自分が着たいから着ている限りは自己満足以外の”着用するべき理由”がなく、周囲から冷ややかな目を向けられるでしょう。

民族衣装は文字通りにその民族あるいは国民にとっての”アイデンティティ”です。他国で生まれ育った、まして風貌からして”明らかに属性の違う”人がいくら「これがオレのアイデンティティ」などと言ってみたところで同意は一切得られません。まぁ、本人がどう思うかは勝手だけど、周囲からどう見られているのかに気づいていないのは恥ずかしい話ですよね。

それでも”自分は湾岸人に見間違われるくらいに似合ってる”と自負して、着用し続けようと思うのなら筋を通すべきです。ましてや湾岸人たちは日和見する人を最も嫌います。同国人の前でだけ”特別な自分”を演じるための格好つけに着るのなら論外です。

福嶋タケシ