新しいアバヤと、ネパール人

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一昨日は妻のアバヤも受け取りにいく予定になっていました。

ところが仕上がり予定日を二日も過ぎていたにもかかわらず、注文していた2着のうち1着が出来ていないと言われ、昨日改めて出直し。

無事に受け取り……と思いきや、妻が「注文したのと仕上げが違う」とクレーム。確かにデザインが似ているけれど、明らかに間違っている上に、裁縫が雑で生地にシワが寄っています。

初顔の店員とやりあっていると、近隣の店で立ち話をしていた店主が飛んで戻ってきました。ネパール出身の彼は以前からの顔馴染み。こちらの説明を理解するのも当然早く、すぐさま上階にいる担当者を呼び出して仕直しを指示してくれました。

出来上がりを待つ間に店内で彼と少し世間話を。

経済封鎖で各種店舗が営業停止になる中、彼の店はひっそりとオーダーを受けていたとか。

「政府も言うことがコロコロ変わるから大変だよね」

私の言葉に苦笑いをしながら返事を濁す店主。そうだねと相槌を打てば、それは政府批判と取られかねないから困る、といったところでしょうか。それは、その国に許可をもらって住んでいると考える人間の自然な反応です。

基本的に税金のないこの国では、外国人はまさに”労働力”を提供する見返りとして滞在許可を得ているわけです。それ以上の関係性がない立場で、政府やそのやり方を公の場で批判することは、自分たちの首を締めるに等しい行為。

空気を感じた私はすぐに「店のみんなは大丈夫だった?国にいる家族は元気にしてるの?」と話題を変えました。「ネパールはコロナはあまり広がってないよね?」という言葉に店主は「だってネパールはインドと違って小さい国だからね」と笑います。

国へ帰りたい、家族の顔が見たい、誰もがそう思いながらも歯を食いしばって暮らす街。帰ることができるのに、帰らない選択をした自分を「孤独に耐える」と表現する日本人をネットで見かけるたびに、事情は個々それぞれと思いながらも、心のどこかでは「何を甘ったれているんだろう」と毒を吐きそうになる自分がいます。