休息

 

台風のせいで思った以上に長居をしてしまった。

来週の今頃はパタニの村でのんびりと田舎暮らしに身を置いているはずだ。

自分にとって、日本もカタールもタイも「戻る」場所。数年後のことは判らないが、今はまだどこか一つを居場所として選ぶことは出来ない。家を建てたタイの片田舎を終の棲家と決めてはいるが、それとて確かな未来ではないだろう。

約一ヶ月の日本滞在。その殆どを実家で過ごした。

日本を飛び出す前まで住んでいた借家は、大家の不条理な行為によって立ち退きに。

両親は隣町へと引っ越し、そこへ毎年足を運ぶようになって10年が経つが、1年を通じて四季を感じながら暮らしたわけでもないその家に、私は実家という感触を持てないままでいる。

とはいえ母の顔を見ればホッとする。同時に側にいてやれない親不孝な自分を呪う。

滞在中に親しい人が何人かこの世を去った。別れのもたらす突き放すような感覚には慣れていたつもりだったが、もう二度と会えなくなったという事実が、自分が思う以上に心を押し潰そうとしている。

この景色を目にするのはこれが最後かもしれない。そう思いながら、私は明日また飛び立つ。

いつものことだ。

 

日本を飛び出して20年目を迎える前に、今いる場所へと至る遠い過去の記憶を掘り起こす機会を得た。

若かった。後先考えない自分がいた。

それでも、何ひとつたりとも後悔することは、記憶をたどる中で見つけることはできなかった。

 

あぁ…。また長くて短い1日を積み重ねていこう。

感情

もうずっと以前から、まるでこの17年以上に及ぶ海外生活がなかったかのような、そんな長い時間をこの国で過ごしている錯覚に囚われている。

似たような感覚は以前もあった。
それでも、日課となってしまった現地新聞のチェックのためにウェブサイトを開けば、嫌でも現実に引き戻されていた。だが、今は少し事情が違う。アラビア語で書かれた新聞記事のPDFファイルを眺めて作業をしている間は、自分ではない誰かがそうしているような不思議な感触がある。

死に目に会いたかったとも、叶うなら今すぐ会いたいとも、そういった感情は湧いてこない。冷静でいられる自分自身に別段驚きはしないし、そんな自分を冷たい人間だと自虐気味に笑うこともない。

ただただ自分は今を生き続けなくてはならないのだと、そう思うだけだ。
この滞在を終えて、祖国を再び離れる頃には、妻が待つあの国へと気持ちを向けることだろう。そこから更には今の自分が暮らす場所で、背筋を伸ばして現実に向き合わなくてはならない。

別離の刻

まだ気配の在り処を探している。

9月26日。昨年から肺癌のため治療を続けていた父が、突然この世を去った。
余命をある程度覚悟していたとはいえ、まさかこんなに早く逝ってしまうとは思っていなかった。
だから、日本にいる兄からLINEで「親父が死んだ」とだけメッセージが届いた時は、一体何が起きたのか理解するのに数分がかかった。

すぐに上司や関係各所に事情を説明し、同時に航空券を検索して手配した。
本来なら9月29日から休暇で日本へ行くつもりだった。航空券もバンコク経由で既に手配を済ませていた。それらをキャンセルする余裕もないまま、気が付けばドーハ空港のイミグレをくぐっていた。

カタル航空が関空直行便を休止しているため、エミレーツ航空でドバイ経由となった。
いつもならウィンドショッピングで楽しいドバイ空港での4時間近い乗り換えが、果てしなく永遠の時間に感じられた。

ドバイからのフライト。機内のWiFiに繋いで東京やバンコクに連絡を取り、手配済みの航空券のキャンセルを試みた。たくさんの善意を成層圏にいても感じられた。生きる理由はそれだけで良かった。

通夜は18時半。空港に着いてバッグを受け取りタクシーに飛び乗る。
自宅に着いたときには既に開始時間が過ぎていたが、それでも待っていた兄の用意してくれた喪服にすぐさま着替えて、会場へ向かった。

信仰の違いとか、そんなことはもうどうでも良かった。
小さな一室に置かれた父の棺。その側で目を真っ赤に腫らして座っている母を見て、初めて起きたことの重さを実感できた。

もう父の顔も声もこの世にはないのだということを。
翌日、葬儀は無事に終わった。
小さな骨の欠片になってしまった父を拾い上げながら、最期の最期に父はいったい何を言いたかったのだろうかと、そんなことばかり考えていた。

日中で家族はみな外出していた。誰にも看取られることなく、独りで逝ってしまった父。
それでも、長期休暇を取る直前というタイミングは、何か狙っていたかのようにも思える。
本来なら二週間しか居るつもりがなかったが、上司に無理を言って一ヶ月に伸ばしてもらった。

今朝も母や兄と一緒に区役所を訪れて、手続きのやり残しを済ませた。
その足で父が使っていた布団などをクリーンセンターへ運び込む。

少しずつ、家の中から父の匂いが消えていく。

いつも父の思いとは裏腹に自分の生きたいように生きてきた私は、いったいどんな息子と映っていたのだろうか。

私には何一つ残さず逝ってしまった。それもまた父らしいと思った。
私は何も要らない。この国に残していくようなものはもう何一つない。

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