マジリス文化

アラブ、特に湾岸アラブ諸国に興味を持ったことのある人なら、「マジリス」という言葉を一度は耳にしたことがあるだろう。

単語の意味を直接取れば「座る場所、空間」となるが、日本風に敢えて言うなら「客間」になるだろうか。

また、湾岸諸国の元首や王族などが庶民と謁見する間もマジリスであり、すなわち場所を指すのではなく、「人と人が顔を合わせる」という文化そのものを表す単語だ。

多くの外国人がこのようなマジリスに足を運ぶのは、館の主が夕食会などもてなしをする時であり、あくまでも迎え入れられる「客」である。この場合はマジリスは「社交場」として機能する。

一方で家族が寛げる場としてマジリスを使うこともある。マジリスは「憩いの場」でもあるのだ。

前者においてはその場の上下関係はあくまでも各人の立場に依存する。しかし後者においては年功序列が基本である。たとえ大臣であろうと、長老から見れば「近所のハナタレ小僧」なのだ。

ちなみに男女の区分けが厳格な湾岸諸国においては、男性のマジリスと女性のマジリスは別々にあり、それぞれが不可侵だ。女性が男性のマジリスを垣間見ることはありえないし、男性が女性のマジリスに足を踏み入れることは厳禁だ。

自分とは違う存在

UAEやカタルなど湾岸諸国の多くでは、人口の半数以上を出稼ぎ外国人が占めている。
国籍や民族、人種、言葉、そして信仰が異なる様々な背景を持った人たちが、一つの社会の中で隣り合って暮らす様は、ほぼ単一の民族の集団に暮らす人達にとっては不思議な光景と写るだろう。

一つ誤解してはならないのは、そんな彼らはけして「仲良く」交わって暮らしているわけではないということ。無論お互いに顔を合わせれば挨拶もするし笑顔も見せるし、それなりに会話もある。たとえ腹の中に抱えるものがあったとしても。

異なる思想や文化を背負う者同士がトラブルを起こすこと無く暮らすために最も必要なことは「お互いに干渉しない」ことだ。つまり相手に対して無関心を通すこと。相手を理解しようとか、深く知ろうとしないこと。

ここでは、異なる国籍や人種、信仰の間での付き合いはない。それぞれの共同体の中で全てを完結させている。カタル人と外国人の付き合いが稀有なのも当然ながら、インド人、バングラデシュ人、フィリピン人、あるいは欧米人、それぞれに暮らすエリアも働く場所も違う彼らは普段の生活で交わることはまずない。たとえ顔を合わせることがあっても、けして深入りはしない。したところで何も共感など生まれないことを皆それぞれが知っている。

得てして日本人は他人と他人とが分かり合えるという幻想に溺れがちだ。
残念ながら本当にニュータイプやらイノベーターやらが現実に現れたとしても、心のうちまでは「理解」することなどできないだろう。人間にできるのは「そういう人たちもいる」という「相互認知」だけだ。自分とは異なる他人という存在を許容できるか出来ないか、全ての争いの原因はそこに尽きるのだから。

税制

原油価格の乱高下にあえぐ湾岸諸国で、とうとう税制が導入される。
消費税に関しては、各国とも2018年ころからの導入を検討しているが、それに先立ってカタルでは今年4月から一部の商品に税を掛ける動きがあるらしい。

「健康に関するもの」と「高級品」に掛かるとされているが、具体的な商品区分については不明瞭なまま。

噂ではタバコやファストフードなどではないかと言われている。

いずれにせよ、湾岸での暮らしが今までのようなタックスフリーで快適な時代は終わりを告げる。

Taxes on junk food, luxury items to be rolled out in Qatar soon (by Doha News)

サービスの意味

去年買い換えたばかりのオーブンが壊れた。
休暇で日本へ向かう直前だったこともあり、そのままにしてあったが、さすがに妻が不便だとぼやくので修理に出した。

当初は修理専門の業者を探していたが、あいにくアパートの周辺ではそういった店が見つからず、また同僚などに聞いてみても今一つ情報が得られないままだった。
そういった店を先ず探したのは、正規の修理に持ち込むより安くつくだろうと考えたからだが、探しまわる労力を考えたら割にあわない気もしてきた。

日本のように、購入した店で修理の取次ぎをしてもらえることは少ない。結局、メーカーの正規サービスセンターを探し出して持ち込んだ。
買ってまだ1年も経っていないが、領収書を紛失したため保証無しの扱い。
にもかかわらず、担当者は工賃の50リヤルだけを受け取り、交換部品(タイマーがいかれていたらしい)の代金は要らないという。

妻は「今度何か家電を買うときはこのメーカーにしましょうよ」とごきげんだった(笑

そう、こういうちょっとした対応が客に与える印象を大きく左右する。初めての客なら尚更だ。インド人と思われる担当者はその辺りをちゃんと心得ていた。

流浪の果て

ドーハに渡ってきてからもうすぐ15年目に入ろうとしている。
来た当初は、在住10年や20年というインド人、パキスタン人たちに目を丸くして、その長さに実感の一つも湧かなかった自分が、今は周囲の外国人たちにそういう目で見られるような立場になった。

今月から職場の手当が全額カットになった。これは上から下まで全ての職員に適用されるもので、中には手当のほうが政府から貰う本給より多い職員もいたので、その影響は計り知れない。
自分としてもドーハに来て初めての減収だ。

減ったら減ったなりに暮らすだけじゃない?と妻は言う。
まぁ、一番お金かかるのは君なんだけどね(笑 でも倹約するという気持ちがあるだけ有難いか。

それにしても長居したな。
まさか自分がこんなに長く日本以外の国で暮らすことになるとは、若い頃は夢にも思っていなかった。がむしゃらに生きていたら、ここまできてしまったというのが本音か。現実的にもう祖国に戻る選択肢はない。妻の故郷に家も建てたが、そこが終の棲家になるかどうかもあやふやだ。何処に行こうが同じ地球の上、そう思えるようになったのはいつからだろう。

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